超常識の倫理実践【小池 伸悟さんセミナー】第457回経営者モーニングセミナー

経営者セミナー

今日は、本は多読すべきか、精読すべきかについて考えてみようと思います。

私は5年ほど前まで完全に多読派でした。

本はまず目次を見て、自分に必要だと思うところだけを読む、というやり方。

年間300冊読んだ!とか、冊数で自己満足するようなタイプでした。

しかし、それで何が変わったかというと、何も変わりませんでした。

なぜ、たくさん本を読んでも何も変わらなかったのか?

今ならその理由がわかります。そして本日の経営者モーニングセミナーの講師、小池さんの講和を聞いていて、本は精読するものだということを改めて確信しました。

モーニングセミナーまとめ

本日の経営者モーニングセミナーは一般社団法人倫理研究所・中国四国方面 研究員である小池 伸吾さんに登壇いただきました。

小池さんは現在35歳。2009年に倫理研究所に入所したということなので、23歳という若さで純粋倫理の研究をはじめたということです。

倫理研究所のバイブルがこちら。「万人幸福の栞」という本があります。

純粋倫理というのは、「幸せになるための法則」のことで、倫理研究所の創始者である丸山敏雄が発見した法則です。

考え出したでもなく、作ったでもなく、発見●●したものです。

幸せになる人と、そうでない人の違いを観察して、帰納的に導き出した法則です。

もともと世界に存在していた幸せになる法則を、言語化して簡潔にまとめた本が「万人幸福の栞」ということになります。

ちなみに、倫理研究所に入所した人は、130ページほどある「万人幸福の栞」を一字一句間違えず暗記しなければならないそうです。

さて、本日のモーニングセミナーは、次のような内容でした

●経営者モーニングセミナーの意義とは?
●なぜ実践しても結果が出ないのか?
●実践して成果につなげるには何が必要か?

上記のことを、ご自身の具体的な体験をもとに、とてもわかりやすくお話いただきました。

経営者モーニングセミナーの意義とは?

経営者モーニングセミナーは、経営者の自己革新の場である。

自己革新のためには実践しなければならない。

自分を変えるための実践道場が経営者モーニングセミナーである。

しかし、実践をしても、会社がよくならない、変わらないといって退会される方がいるのはなぜか?

なぜ実践しても結果が出ないのか?

実践しても、成果が出ないのは自己流の実践になっているから。

なぜ自己流でやっても成果につながらないかというと、倫理の実践は常識をかけ離れているから。

例えば、「捨てれば入ってくる」という教えや「喜んで使うところにモノは集まってくる」など。

「捨てれば入ってくる」というのは話としては聞いたことがある人も多いかもしれませんが、実践できている人は少ないでしょう。

このように倫理の実践は、常識とはかけ離れたところがあるので、自己流でやってもうまくいかないということです。

倫理実践の目的は「明朗・愛和・喜働」、つまり、明るく、仲良く、喜んで働くことができるようになること。

この3つの心持ちをまとめて一言で表すと、純情(すなお)という言葉になる。

この心を持つためにモーニングセミナーに参加し続けることが重要。

実践して成果につなげるには何が必要か?

自己流で実践してもダメということですが、では、どのように実践していけばよいのでしょうか?

それには次の3つのステップを踏むことです。

①決意
②イメージ
③続ける

このステップについて、小池さんは、プロゴルファーの石川遼さんと、ご自身の結婚に至るまでの道のりを事例にわかりやすく説明してくれました。

(小池さんの実家は石川遼さんの実家の近所らしい)

世界的に有名な「思考は現実化する」という本にも同じようなことが書かれています。

つまり、これって、世界共通の法則ということになるんでしょうね。

やみくもに実践しても、成果にはならない。成果を上げるには、上記3つのステップが必須ということです。

本物の知識を身につけるには?

今日のモーニングセミナーの話を聞いていて思ったのが、「万人幸福の栞」という本の読み方が深い! ということでした。

「なぜ実践しても何も変わらないのか」ということを説明されるときに、「栞のここに、こう書いてあります」「これはこういう意味です」ということを言われます。

そして、なぜこの順番で書かれているのか、という文脈までしっかりと理解されています。

先ほど書いたように研究所の研究員は暗記しなければならないので、本の内容を理解しているのは当たり前とも言えますが、それが凄いなと思ったわけです。

本は、これという1冊を深く読み込む。それでこそ本物の知識になるんだろうなと思ったセミナーでした。

多読か精読か?

本を読むにあたって、よく議論されるのが、「多読が良いのか?精読が良いのか?」という点です。

最初に書いたように、私自身はたくさんの本を読むことが大切と思っていたのですが、振り返ってみると、何も身についていないと気付きました。

多読派の人が推奨する読み方は、目次を見て自分が必要なところだけ読む、というものです。

今思うのは、これは本を読むという行為ではなく、情報を拾っているだけではないかということ。

それなら本でなくてもいい、むしろ本よりインターネットのほうがはるかに新鮮な情報にあふれています。

そして最近の内容の薄いビジネス書であれば、このような読み方でもいいのかもしれません。

本を読む目的が「情報収集」であれば、目次から拾い読みというのが正しいでしょう。

しかし、リベラルアーツ系の本は、こんな読み方をしても、まったく頭に入りません。

本を読む目的が「思考力の強化」や「多様な価値観を身につける」ということであれば、著者が書いた内容だけでなく、なぜそれを書いたのか、という文脈までしっかりと理解する必要があります。

小池さんが、万人幸福の栞を深く理解しているように。

それには精読が必要です。

私が多読派から精読派に変わったのは、ある人から「この人すごいよ」って教えられた人がこんなことを言っていたからです。

社会学者の中では超有名な小室直樹さんです。

あるとき、参考資料とした福田歓一『政治学史』(東京大学出版会)が絶版になっていることがわかった。それを知って、小室は夫人に、こう話している。

「あー、そうか、絶版か。あと10冊買っておけばよかったね」

「そうでしたね」

佐藤が口を挟む。

「え? 先生、10冊買って、どうするんですか」

「佐藤君、くだらない本を10冊読むよりは、大事な本を10冊買って、100回読んだ方が勉強になるんだよ」(中略)

「いい本は、最低限10回は読みなさい。君らがいつまでたっても頭がよくならないのは、だからだ」そんな冗談をいった。

「凡庸なのは、たった一回しか読まないからだ」

(出典:評伝 小室直樹

いい本と感じるのは人によって違うでしょうが、いい本と感じたら最低10回読む。

10冊を1回ずつ読むのではなく、1冊を10回読むというのが本当に身につく多読なのでしょう。

今までは「たくさんの本を読まないとダメ!」という価値観でしたが、本当に自分の身になる読書とは深く読み込むことである、ということを確信したセミナーでした。

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