岡田博美さんセミナー内容/岡山市南倫理法人会・経営者モーニングセミナー

経営者セミナー

登壇者プロフィール

ひろみフィットネススクール代表・岡田博美さん

岡山県玉野市在住。5人家族。柴犬チェロ。

玉野高校卒業後、大阪社会体育専門学校卒業。

■資格
・厚生労働省認定健康運動実践指導者
・日本Gボール協会認定JSAボールエクササイズインストラクター
・一般社団法人健康保養地医学研究機構認定 気候療法士リーダー
・玉野コミュニティデザイン認定 玉野市ヘルスツーリズムインストラクター

玉野市や倉敷市で「おかだ式健康体操教室」を展開。28年の運動指導歴を持つ。専門学校卒業後10年間スポーツクラブで勤務。24歳の頃アメリカに渡り、フィットネス研修を受ける。

UCLAで糖尿病やメタボ予防の運動療法の研修も受講。帰国後、結婚出産を経て「ひろみフィットネススクール」を立ち上げる。現在の生徒数は200名。ボールの上で寝るだけで腰痛、肩こり、関節の痛みが改善されて、身体が軽くなるエクササイズを指導。

最近では、玉野市の自然環境を取り入れた健康教室を展開(海洋療法)。渋川海岸や王子ヶ岳でエアロビクスや筋トレ、リラクゼーションストレッチを指導。新聞やテレビでも取り上げられた。

岡田さんが倫理法人会に入会したキッカケ

岡田さんが玉野市倫理法人会に入会したのは2020年1月。ご自身が経営するフィットネススクールの生徒さんが倫理法人会の会員で、ぜひスピーチをしてくださいと依頼を受けます。

地域の人の健康のために伝えたいことがあった岡田さんは、倫理法人会で講演を行いました。

実は倫理法人会の存在は以前から知っていました。

キッカケは鴨頭さんのYouTubeです。鴨頭嘉人さんの話を聞いて倫理法人会で素晴らしい勉強ができることはわかっていたけれど、倫理法人会の会員になるつもりはありませんでした。

なぜなら朝が苦手だから。朝6時からセミナーに行くなんて絶対ムリと思っていました。

しかし、生徒さんに依頼されて、倫理法人会でセミナーをすることになりました。

そこで講演を聞いている参加者の本気の姿勢に感銘を受けます。

講演後の朝食会ではたくさんお褒めの言葉をいただいて心地良かったこともあり、「またここに来たい!」と思いました。

しかし、朝は苦手。朝、起きられない。どうしよう・・・。

そのときふと、「今日、ちゃんと朝起きて来たじゃない!」「だったら次からも来れるはず!」と思い込んで入会しました。

それ以来、朝6時に来るのが習慣になったそうです。

モーニングセミナーに参加した日は、1日健康に過ごせると感じられています。

そして入会してから、すぐにコロナ禍となり、リアルのモーニングセミナーは中止となりました。

一方で全国各地でZOOMによるモーニングセミナーが開催されていたので、県外のセミナーに毎日いろいろ参加したそうです。

東京のZOOMモーニングセミナーでは大島啓介さんにもたくさん質問することができて、倫理に入会して本当に良かったと感じました。

DV・不登校・・・家庭崩壊の危機を克服

明るくパワフルに話す岡田さんですが、ここから衝撃の話が始まります。

結婚、出産してお子様が中学生になったころ、家庭はボロボロでした。

ご主人からのDV、お子様は不登校になり、家の中は荒んでいたのです。

しかし、子供のために自分が我慢すればいいと岡田さんは堪えていました。

でも、このままでいいはずはないと岡田さんは考えます。

現在、海洋療法に取り組んでいるように自然に興味を持っていた岡田さんは、ふと野生動物のことが頭をよぎりました。

野生動物は当たり前ですが、言葉ではなく行動で子育てをします。

そして夜眠るときは、群れになって一緒に寝ています。

一方、岡田家では、寝室はそれぞれ。バラバラに寝ていました。

岡田さんはここで「私は野生動物になる!」と思い込みます。

まさに野生のカンが働いたのでしょうか。

ご主人のふとんに入って一緒に寝ることで、ご主人のぬくもりを感じ、忘れていた気持ちを思い出したそうです。

「そうだ、私はこの人のことが本当に好きだったんだ」という想いです。

そしてご主人に、ご家族に深い感謝の気持ちが沸き上がってきました。

すると、それまでの状況が一変し、ご主人は家事も手伝ってくれるようになり、お子様の不登校も解決します。

普通に考えれば、自分が鬱になってもおかしくない状況です。

しかし自分を変えることで回りが180度変わるという体験をされました。

高校のときからの夢はスポーツインストラクター

岡田さんは高校生のときからスポーツインストラクターになることが夢でした。

スポーツクラブに勤務していた頃は、ベビースイミングから高齢者の運動指導まで、毎日たくさんの人と触れ合って充実していました。

小さい子供からお年寄りまで運動指導をするのが楽しかったそうです。

しかしある時、こんな思いが頭をよぎります。

「スポーツクラブに来る人は自分の意思で健康になれるけど、世の中にはスポーツクラブに来れない状況の人もいるのではないか?」

「スポーツクラブに来れない人のほうが、ひどい痛みに悩んでいるのではないか?」

こういう人を救いたいと思うとともに、世界のことも知りたいと思うようになります。

思ったら即行動!アメリカへ!

「思ったことはすぐやる」が信条の岡田さんはアメリカに渡ります。

英会話も多分できない状態だったのでしょう。UCLAでは通訳を通して運動と健康について勉強しました。

さらに、アトランタでスポーツクラブ経営者のセミナーに参加し、自分でスポーツクラブを経営したいと思うようになります。

アメリカでの生活が楽しく、このままアメリカに住みたいと思った岡田さんは会社に辞表を提出して、本格的にアメリカに渡る準備を始めます。

しかし、そこで試練が襲ってきました。

体調不良と父親の病気

渡米の準備を進めている頃、2つの試練が岡田さんを襲います。

一つは、ご自身の体調不良。お腹の痛みと熱があり、病院に行くと、卵管が詰まっているということで、即入院となりました。

将来的に子供を生むのが難しくなると言われたそうです。

もう一つがお父様の病気。

肝臓ガンで余命5年を宣告されたそうです。

ここで岡田さんは渡米の夢を諦めます。諦めるというより、自ら捨てたというほうが正確かもしれません。

夢に執着することなく、新たに「父に孫を3人抱かせる!」という夢というか目標を持ちました。父親に親孝行したいという想いでした。

子供ができない!

医者からは子供が生みにくい体になるかもと言われていたので、すぐに結婚します。

しかし結婚して2年、子供は授かりません。

病院に行くと、以前の卵管の詰まりが完治していないということでした。

自然妊娠はできないだろう。体外受精でも難しいかもしれないと医者から言われます。

普通なら悲嘆に暮れるところですが、岡田さんは違います。

ここで子供を産むことを諦めます。ここでも諦めるという言葉は適切ではないかもしれません。

渡米の夢を自ら捨てたのと同じように、子供を産むという執着を捨て去ります。

子供はできなくても、夫と、あとはペットを飼って過ごそうということで家を建てることを決意します。

子供を産むという執着を捨てたら

ここから奇跡が起こります。

家が完成したと同時に自然妊娠したのです!

医者からは無理だと言われていたのに!

緊急の帝王切開にはなりましたが、無事元気な男の子が生まれました。

執着を捨てたとたんに子供を授かったのです。

2人目の出産は死産を覚悟

無理だと言われた子供ができたことで、岡田さんの心に再び執着が生まれました。

「2人目が欲しい」

しかし妊娠はするのですが、流産の繰り返し。3度の流産を経験します。

「なぜこんな試練ばかり起こるの?苦しい!」と思いながら、病院で診断してもらうと、実は難病を患っていることが判明しました。

「抗リン脂質症候群」という病気で、体が赤ちゃんを異物だと判断してしまうとのことでした。

「妊娠して胎盤ができても死産を覚悟してください」と医者から宣告されます。

絶対安静で24時間点滴という生活が7か月続きます。

しかしわずかな望みを持って赤ちゃんを産むために我慢に我慢を重ねました。

またもや奇跡が起こります。

死産を覚悟してと言われたにも関わらず、元気な女の子が生まれました。

岡田さんはお酒・たばこをずっとやっていたそうですが、娘さんが生まれた止めたそうです。

娘さんがお母さんに、生活にとっての危険信号を教えてくれたのでしょう。

倫理法人会の「万人幸福の栞」には「病気は生活の赤信号」という表現がありますが、岡田さんは倫理法人会に入会後、「これはあの時のことか!」と腹に落ちたそうです。

3人目の出産で臨死体験

医者から無理と言われながら2人の子供を産んだ岡田さんですが、最初の目標は父親に3人の孫を抱かせることでした。

折しも、このときお父様の体調が悪化します。

思ったことは絶対やる!が信条の岡田さんは3人目のお子様を妊娠しました。

3人目の妊娠生活は快適でした。

また帝王切開になったのですが、2回も経験しているので気持ちに余裕がありました。

しかし、すぐに余裕はなくなり絶体絶命のピンチに追い込まれます。

緊急の帝王切開だったのでお医者さんが1人で対応することになりました。

そして取り出した赤ちゃんの泣き声が聞こえません。

顔を見ると、顔色が紫色をしています。

「お願いだから泣いて!」と激しく祈りつつ、ご自身はまだお腹が開いた状態です。

医者は1人しかいないので、とりあえず子宮だけ縫って、医者は赤ちゃんにつきっきりになりました。

そのうち岡田さんの麻酔が切れて激痛が体を走ります。

朦朧とする意識の中で、看護師の言葉が耳に入ってきました。

「血圧、上が40、出血1,000㏄です」

まさに死の境界線をさまよっている状態です。

赤ちゃんを心配しながらも、岡田さんは気を失って幻覚を見ました。

ピンク色の雲の上に浮いていて、龍の姿を見たそうです。

気を失っていても、耳だけは聞こえています。

「お母さん、起きて!」の声が聞こえます。

フワフワ浮いている感覚のときに、亡くなったはずのおばあちゃんが現れました。

「自分の体に戻りなさい」と背中を押してくれたのです。

そうして自分の体に帰還した岡田さんは「赤ちゃんはどうなった!?」と思って見ると、無事に息を取り戻したようです。

母子ともに奇跡の生還をしました。

最高の贈り物

3人目のお子様が生まれたあと、お父様の容態が悪化します。

ただ生かされているだけという状態で余命は1ヵ月と言われていました。

そんな状態のお父様を見て、岡田さんはこんな突拍子もないことを願いました。

「お父さんともう一度旅行に行きたい!」

医者だけでなく、誰が見ても無理な希望でした。旅行はおろか、退院さえできる状態ではありませんでした。

しかし岡田さんは諦めませんでした。

これまで医者の言うことはことごとく外れたことを身を持って経験しているから。

そして必死に想像しました。お父さんと旅行している情景を。

するとどうでしょう。

お父さんの

・黄疸がなくなり
・腹水がなくなり
・熱が下がった

のです!

そして退院。

映画でもここまでうまくできた話はなかなかないです。

というか、岡田さんの人生って映画化してほしいくらいです。

瀕死の状態だったお父様が奇跡的に回復して退院され、家族旅行を楽しみました。

釣りをして、お酒を飲んで、たばこも吸っていたそうです。

そんな旅行を楽しんだ1週間後、お父様は息を引き取りました。

岡田さんの想いが龍に届いて、おばあちゃんが背中を押してくれたのと同じように、お父さんにも時間を贈ってくれたのかなとファンタジー的な温かい気分になりました。

この話聞いて、「フィールド・オブ・ドリームス」思い出しました。

この頃のケビン・コスナーは乗りに乗っていましたね!

岡田さんのこれからの夢

こんな壮絶な経験をしてきた岡田さんの次の夢は、「父が元気でいられなかった分、地域の人を元気にしたい」だそうです。

彼女のフィットネススクールには1歳から93歳まで200人の生徒さんがいて、それぞれのペースで健康づくりに取り組んでいるようです。

話を聞いていて、特に興味を持ったのが「海洋療法(タラソテラピー)」です。

大自然の中で、自然を感じながら運動をすることで、五感が研ぎ澄まされ、直感直が身に着くそうです。

タラソテラピーはヨーロッパでは保険が効く国もあるほど、科学的エビデンスのある治療法です。

自ら動ける人を増やすことで、日本の医療費を削減し、子供の福祉にお金を使えるような国になって欲しいという想いでフィットネスクラブを運営しているそうです。

いや、今日のセミナーはホントに凄かった!

倫理法人会の経営者モーニングセミナーは毎回気付きのある話を聞けるのですが、今日の破壊力はけた違いでした。

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