新型コロナ対応における台湾の功績|岡山市南倫理法人会・経営者モーニングセミナー2020年7月1日

経営者セミナー

こんにちは。岡山市南倫理法人会・運営委員の谷口慎治です。

2020年7月1日(水)6:00~7:00の経営者モーニングセミナーに参加しました。

いつもは岡山県護国神社・いさお会館で実施するのですが、今日は会場が使えないためzoom開催です。

zoomの利点を活かして、今日の講和者はアメリカ・カルフォルニア・オレンジカウンティ倫理法人会相談役・白井真由美氏でした。

L.A.とzoomでつないで、北は札幌から南は熊本の方まで参加されていました。

ワールドワイドなモーニングセミナーです。

ちなみに倫理法人会は海外にも拠点があり、今のところロス、サンパウロ、台湾にあるようです。

さて、今日のテーマは「武漢肺炎における台湾の功績」でした。

コロナ・パンデミックにおいて、台湾はほぼ無傷の状態であり、世界からその対応を賞賛されたことは記憶に新しいですよね。

その対応がなぜ可能だったのか、台湾生まれの日本育ちでL.A.在住の白井さんが解説してくれました。

なぜ台湾はコロナ対応で世界の賞賛を受けたのか?

白井さんは日本の精神が台湾に生きていると話されました。

どういうことでしょうか?

話は第二次世界大戦の頃にさかのぼります。

台湾が親日的であることは周知です。

現在の台湾には日本統治時代に功績のあった日本人の銅像や記念碑などが今でも残っています。日本の統治は約50年に渡りましたが、日本の統治を全否定するような歴史解釈はされていません。

これは考えてみれば不思議なことです。

今の日本と韓国の関係を考えると、なぜ台湾は日本に対して好意的なのだろうと不思議に思いませんか?

台湾が親日的である理由

その理由は、ひとりの日本人にありました。

台湾4代目総督・児玉源太郎の時代に行政長官を務めた後藤新平という人物です。

この人が凄かったのです!

第二次世界大戦時は欧米列強がアジア・アフリカで植民地政策を行っていました。

欧米列強は植民地を支配するにあたり、宗教を利用しました。キリスト教ですね。

キリスト教の教えで、現地の人たちの心を掌握しようとしました。

しかし、日本にはキリスト教のような宗教はありません。

では、何をもって台湾人を統治しようとしたのか?

衛生行政です。

後藤新平は軍人ではなく、医師でした。彼は日本の生活様式をいきなり台湾に押し付けるのではなく、まず綿密な現地調査を行って、台湾の人々のニーズを調査したのです。何に困っているのか?何を欲しがっているのか?これらを把握し、現地の風習を尊重しながら、少しずつさまざまな分野で日本の制度や技術を導入していきました。

だから大きな反発がなかったのでしょう。

台湾の鉄人大臣・衛生福利部長の陳時中とは何者か?

話は現在に戻ります。

新型コロナウイルスの抑え込みに大きな成果を上げた中心人物が衛生福利部長の陳時中です。

衛生福利部とは日本でいうところの厚生労働省。部長は大臣ということになります。

この人がいたから台湾はコロナ対策に成功したのです。

では、陳時中とはいったい何者なのでしょうか?

あだ名は「時計」だそうです。「時中」が中国語で「時計」と同じ発音だからだそうです。

決まった時間に記者会見を行い、小学生からお年寄りにまで誰にもわかりやすい説明で国民からの信頼を得ました。

国の運命は危機のときに、どんな人物が現れるかによって決まるものです。

陳時中は1953年生まれ。台北医学大学・歯科学科を卒業した歯科医師です。

台湾には役人に医者が多いそうです。

それは日本の統治時代に台湾人に政治に携わらないようにしていた影響があるようです。

ですから当時頭がよかった人は医学を勉強したんですね。

2011年 蔡英文 総統選挙後援会幹事
2016年 台湾総督府 国策顧問

このような経歴の後、政府中央流行疫病指揮センターの指揮官となります。

2019年10月の終わりから11月にかけて、武漢からの旅行者が2名感染者がいたことをつかんだ台湾側は、すぐに武漢に飛んで状況を調べようとしますが、中国側に断られます。 

次にWHOに報告しますが、ここでも調査を断られたようです。

台湾の衛生福利部は焦りました。

2019年の11月の段階でここまで新型コロナに対して敏感になっていたのは、おそらく当事者の中国と台湾だけではないでしょうか。

日本なんて2月の終わりくらいになって慌て始めていますからね。

台湾ではなぜこれほど敏感だったのか?

それはSARSの苦い記憶があるからです。

SARSのときは、台湾は打撃を受けました。

674人が感染し、84人が死亡したとWHOには報告されています。

集団院内感染も起こり、病院関係者が30名くらい亡くなったそうです。

その記憶があるから、台湾の病院に緊張が走りました。

2020年1月20日には1/20 警戒度をレベル2に設定。

23日武漢がロックダウンすると、すぐに台湾でも警戒レベルを引き上げます。

この初期対応の早さが、台湾が新型コロナ対策に成功した理由のひとつです。

陳時中の父親は日本教育に親しんでいた

そしてこのような指揮をとった陳時中は父親に大きな影響を受けているのですが、父親は日本教育に親しみ、日本精神を学んだ人物だったのです。

陳時中の父親は台湾大学教授で民法の権威でした。

彼の価値観のひとつが時間厳守。今日のことは今日中に終わらせるというものでした。

陳時中が「時計」とあだ名されるのは、発音が時計と同じというだけでなく、実際に時間を厳守する人物だからというのもあるでしょう。このことを彼は父親から学びました。

父親から教えられたことはもう一つあります。

それは「プロセスを大切にせよ」ということです。

陳時中自身は子供のころ結果が大事だと考えていたようで、父親とはよく議論をしていたそうです。

そこで父親は根気よく「プロセスを大切にしろ」と諭したのでしょう。

父親はもうひとつ大切な姿勢を息子に見せました。

父親は先ほども書いたように、台湾大学教授で民法の権威です。

当然、政治への誘いもあったでしょう。

しかし何度も入閣のオファーを断っていたそうです。(出典:Wikipedia)

なぜ断っていたのでしょう。

それは次のような信念を持っていたからです。

法律も政策もすべて人民のためにあるもの。社会のニーズを理解しない法律や政策は無意味だ。

父親は息子に「社会のニーズを理解しないなら成功は無理だ」と徹底的に教え込んだのです。

このような父親に育てられたからこそ、陳時中は「公」に尽くす鉄人大臣として尊敬されているのです。

台湾では、2003年SARSの悲劇を二度と起こさないために、病院ではずっとパンデミック対応のシミュレーションが続けられていたそうです。

17年前、医療関係者の多大な犠牲を無駄にしないために。

17年前の悲劇を、きちんと悲劇として共有し、今に生かしていることが台湾の成功の理由でしょう。

そしてその指揮を執った陳時中の父親は日本の教育に大きな影響を受けた人物だったのです。

今日の白井さんの講和を聞いて、「今の日本、どうなんだろう?」と思いたくなるのは私だけではないはず。

白井さんの最後のメッセージも「日本人よ、もっと自信を持って頑張ろう!」というものでした。

失敗はしても仕方がない。でも失敗を忘れてはダメ。未来に活かすための経験値として積み重ねることこそ大切だと感じた講話でした。

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